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古道具さわだ お道具資料編

古道具買取り店「京都さわだ古道具」の書画骨董、茶道具などお道具にまつわる資料を日々まとめております。読者様のご参考にしていただければ幸いにございます。

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野間焼ー福岡県の焼物(九州地方)

野間焼の解説です。


野間焼(のまやき)は福岡県福岡市野間町のやきものです。

文久2年(1862)に須恵皿山役所管理のもとに安永与十が棟梁となり開創しました。
製品は須恵焼と同種の磁器です。

維新の改革で明治3年(1870)廃窯となりました。

後に沢田舜山が明治8年(1875)頃に再興し行平・茶瓶・土鍋・土釜・植木鉢など精巧品を出しました。しかしながら間もなくして絶えました。














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参考文献『原色陶器大辞典』

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波佐見焼ー長崎県の焼物(九州地方)

波佐見焼の解説です。


波佐見焼(はさみやき)は肥前国彼杵郡波佐見村(長崎県東彼杵郡波佐見町)のやきものです。

三ツ股・中尾・永尾・稗古場などの窯場を含みいずれも大村藩に属しました。

【三ツ股窯】
高麗人が稗ノ尾に開窯したのが始まりで慶長10年(1605)に本島久兵衛というものが登り窯を築きました。
寛文年間(1661-1673)には江戸の万屋藤九郎というものが製品の販売を請願してきたため寛文5年に藩は皿山役所を設け各山の磁器製造業者に資金を貸与し大いに奨励しました。

【中尾山窯】
波佐見村井石郷(波佐見町井石)に元和年間(1615-1624)高麗人の祐慶が師となり永田皿山といわれた陶磁器窯を起こし日用品の青磁釉・青花釉をつくり後に移転して中尾山に来たといわれています。
一説には寛永元年(1624)中尾山広川原に窯を築いた中尾庄右衛門尉というものが陶祖ともいわれています。

【永尾山窯】
稗ノ尾山の分派と考えられ寛文6年の創設とされるも開創者が明らかではないそうです。

【稗古場窯】
創業は寛文年間で藩主の保護を得て陶器を作ったそうです。


【製品】
当初は呉須焼であったそうですが、天和2年(1682)に至り磁器に改良、以後年を経て罅焼(ひびやき)を発明し徳川家への献上品として重視されたようです。



以後、明治には実用品へと発展していき現在も盛んに焼かれています。












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梅林焼ー滋賀県の焼物(近畿地方)

梅林焼の解説です。


梅林焼(ばいりんやき)は近江国膳所の近く別保村宮町(現滋賀県大津市膳所)の陶器です。

享和・文化年間(1801-1818)小田原伊兵衛という者が領内中之庄村梅林山(同市中庄)の土を採り梅林焼と名付け焼いたそうです。

窯は伊兵衛一代で絶えたとされますが、文政(1818-1830)の頃梅林金三郎という者が古器の模造に長じ「梅林」の印を用い伊兵衛の職工にあたるのではないかという説も考えられています。

製品は振出・蓋置・茶碗・鉢・香合・茶入・皿・花入・などで釉は交趾釉に似た光沢をもちぼかしのものが多い。形押しの模様のあるものも確認されています。








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参考文献『原色陶器大辞典』

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萩焼ー山口県の焼物(中国地方)

萩焼の解説です。


萩焼(はぎやき)は山口県萩市と長門市で焼かれる陶器をさします。
陶祖は朝鮮渡来の李勺光・李敬の兄弟と伝えられています。

毛利輝元が1604年に萩に入府に際し、勺光が萩市椿東(旧松本村中之倉)に開窯し「御用焼物所」と称し松本萩の礎を築きました。
1657年には分かれて長門市深川湯本の三ノ瀬に深川萩が誕生しました。
この二窯の系譜が現在まで継承されています。

三島手・粉引手・刷毛目・伊羅保など高麗茶碗の影響が認められ、高台に切高台・割高台など切込に特徴が見られます。

土味はざんぐりとした味わいが見られる。


①萩刷毛目茶碗


②刷毛目見込


③高台と土味



現在は、

松本萩の坂高麗左衛門・三輪休雪

深川萩の坂倉新兵衛・田原陶兵衛・坂田泥華

らがそれぞれ開窯以来の伝統を受け継いで焼いておられます。






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参考文献『やきもの事典』

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飯能焼ー埼玉県の焼物(関東地方)

飯能焼の解説です。


飯能焼(はんのうやき)は埼玉県飯能市八幡町で焼かれた日用陶器です。

天保年間(1830-1844)双木清吉が信楽の陶工を招き始めたと伝えられています。

白いイッチンによる文様が特徴です。






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参考文献『やきもの事典』

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プロフィール

HN:
澤田
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性別:
男性
職業:
古物商

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