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古道具さわだ お道具資料編

古道具買取り店「京都さわだ古道具」の書画骨董、茶道具などお道具にまつわる資料を日々まとめております。読者様のご参考にしていただければ幸いにございます。

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大萱窯ー愛知県の焼物(中部地方)

大萱窯の解説です。


大萱窯(おおかやがま)は岐阜県可児郡可児町久々利大萱の古窯群のことです。

黄瀬戸・志野・織部を多く焼いていました。茶入れの破片は瀬戸付近ほど多くは出土していないようです。

大萱の西方部のウンバガフトコロと呼ばれる箇所は古窯群のうち最古の窯と考えられ、元亀・天正(1570-1592)の頃と推測されています。

現在は牟田洞、窯下、中、弥七田の四つの窯跡が残っています。
この中で最も重要とされている窯は牟田洞で、1577年(天正5)加藤源十郎景城が開いた窯といわれています。

志野の名品とうたわれるものは、ほとんどこの窯で焼かれたといわれています。
「卯花墻(うのはながき)」「住吉」「竹の子筒茶碗」などの破片がここより発見されそれを証明しているようです。





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参考文献『原色陶器大辞典』

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大崎御庭焼ー東京都の焼物(関東地方)

大崎御庭焼の解説です。


大崎御庭焼(おおさきおにわやき)は現東京都品川区大崎にあった出雲国松江藩主の松平治郷(不昧公)の別邸の御庭窯で焼かれていました。



1816年(文化13)頃、布志名焼陶工初代土屋善四郎(※1)および楽山窯初代長岡住右衛門(※1)を招き焼かせました。
(※1は出雲焼項を参照されたしhttp://kottou.kyotolog.net/furudo-gu.blog/japaneseware/rakuzan-fujinaware


その作品群は茶器を主としました。銘印に「絲巻印(いとまき)」の型判や「一々」の彫銘が確認されています。










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参考文献『原色陶器大辞典』、『日本古陶名款集(関東・奥羽・北陸徧)』

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大樋焼ー石川県の焼物(中部地方)

大樋焼の解説です。



大樋焼(おおひやき)は、脇窯にあたり加賀国(現石川県)の楽焼をいいます。

寛文6年(1666)加賀藩主前田綱紀は裏千家第四世千宗室(仙叟)、楽焼陶工の土師長左衛門を招いて貞享3(1686)年土師窯を築き抹茶器を作らせます。
長左衛門は宗室の考案で楽焼諸器を作りました。

この時に長左衛門は地名を姓としましたので大樋長左衛門となります。これが大樋焼の開創になります。二代~七代へと代々継業していきます。

明治の廃藩で一時休業となりますが、明治17(1884)には再び金沢の春日町で開窯します。
しかし業績が振るわず明治30年(1884)に業を奈良利吉に譲り大樋正統系から離れることになります。利吉を八代とし代々今日まで継続していきます。


【大樋焼の特長】

土は楽焼に似て土質は緻密で、釉薬は赤黄色。よく大樋飴釉(おおひあめぐすり)と呼ばれています。黒釉・白釉など。


【大樋焼の名工】

大樋代々のうち技巧が初代に次ぐものとして五代の勘兵衛がよく取りあげられます。文化・文政(1804-1830)頃の加賀藩工芸の爛熟期に際し得意の技能を発揮し家伝の楽焼を巧みにしていきます。種々の型物や上絵付物などをつくり近世の名工と称されていました。





海老水指


海老水指:蓋部分


裏器底銘印



【大樋焼の銘印】

代々それぞれ印を使い分けています。







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参考文献『原色陶器大辞典』

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押小路焼ー京都府の焼物(近畿地方)

押小路焼の解説です。


押小路焼(おしこうじやき)は、寛永元年(1624)頃に京都の粟田口で開窯したといわれています。

開窯者は、三文字屋九右衛門(粟田焼の創始者)の子である庄左衛門と助左衛門によって開かれたといわれています。

明和頃(1764-1772)まで継続したそうです。その時「仁清印」の作品を出したと伝えられています。









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参考文献『原色陶器大辞典』

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音羽焼ー京都府の焼物(近畿地方)

音羽焼の解説です。


音羽焼(おとわやき)は京焼の一種でその源流に当たるものとされています。

天正(1573-1592)または文禄(1592-1596)の頃に音六、音羽屋九七らが始めたとされ、享保年間(1716-1736)に窯を五条坂(東山区)に移して「五条清水焼」といいました。

しかし、京焼の時代区画は判然とはしないようで、永正(1504-1521)の頃にはじまり総称して清水焼というとも。

※清水焼⇒







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参考文献『原色陶器大辞典』

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プロフィール

HN:
澤田
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性別:
男性
職業:
古物商

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